五楽むかし話

五楽の地名の由来

山田・五楽は、1922年(大正11年)平井谷苅屋・畑中が合併して平井となるまでは、平井谷と呼ばれていました。
平井谷村には山田・五楽・今吉・古市の大字がありました。小野川の上流右岸にある農村地帯で、北の方と平らな畑があり、人家はおもに山のふもとの南にあって、東は明神ヶ鼻、西は鷹の子、南は苅屋、北は小屋峠に接するところにありました。
農家の大部分は米や麦を作っていましたが、果樹栽培をする家もあったそうです。小野川が流れていますが、水量が乏しく土居上池・土居下池・堀越池・谷之内池などたくさんのため池に頼っていました。

「五楽」とは、川の流れ落ちるところという意味があり、そのことから川に関係して発達した部落であろうと考えられます。 その昔、山伏(山野に住み仏道を修行する僧)が旧平井谷村の土手を通っているとき、子供が5人輪になって何かいじめている様子なので、そばによってよく見るとエンコ(かっぱ)でした。山伏は子供たちに逃がしてやるように言い聞かせて、エンコを助けてやることにしました。その時、エンコは、助けてくれたお礼に五つの「楽」を与えることを約束しました。

  • 一、水魔(水の事故)がない。(昔は溺れ死ぬことがよくありましたが、その原因をエンコが引っ張り込むと言ってました)
  • 二、雷が落ちない。(地区内には雷が落ちない)
  • 三、「ひる」が吸わない。(農家の人は水田で作業するのに、ひるが足に吸いついて困りましたが、その後はなくなり、戦前には地区内にひるはいなかったそうです)
  • 四、安産(お産が軽い)
  • 五、棟祭りがいらない。(昔はかやぶきの家が多くありました。屋根のかやのふき替えには棟に神様をお祭りしましたがしなくてよくなりました)
エンコはこれだけ言って池の中に消えていったそうです。それ以来、この部楽を「五楽」というようになったという言い伝えがあります。 また、五楽は楽しい里ということで、住民がみんな仲良く、明るく、元気で楽しい暮らしをするという意味もあるといわれてます。
(ふるさと小野参照)

山田& 五楽地区